四神戦隊メイデン・フォース_True end After Side A

第1話

「んーっ!!」
 少女は猫の様に伸びをすると、上体を後方に反らした。
 それとともに、
 ユサッ
 豊かな胸が、ゴム鞠の如く弾む。
 彼女が持つ切れ長の眼に、艶やかな黒髪、引き締まった体躯、
 ジワッ
 そしてうっすら汗ばんだ肌は、健康的な美しさを振りまいていた。
 だがそんな彼女を文庫本越しに見つめる、もう一人の少女は渋い顔を浮かべる。

 クラス委員長であり、少女の親友でもある北条奏(ほうじょうかなで)は、
「・・・ちょっと・・・パンツ、見えてるわよ」
 そう言うと、呆れた表情を浮かべ、三白眼で友人を睨みつけた。
 
 確かに仕草は年齢相応のものであるものの、机に胡坐、という、女子にしては有り得べきではない格好の股座からは薄青色の下着が、チラチラと見え隠れしている。 

 だが指摘を受けた少女−神凪珊瑚(かんなぎさんご)は、
「いいよ、カナちゃんだったら・・・」
 そう言って、うっすら頬を紅に染めながら、
 ファサ
 スカートの裾を摘みあげた。

 奏は、
「・・・はいはい、いい子だからやめましょうね」
 そう、
 トントン
 閉じた文庫本で、珊瑚の腿を叩くと、
 キッ
 般若も斯くや、といった表情で振り返り、
「「「ひぃいっ!?」」」
鼻の下を伸ばして珊瑚を見ていた男子を睥睨して震え上がらせる。

 しかし、珊瑚は、
「・・・もう、カナちゃんのいけず〜・・・いいじゃん、減るもんじゃないし・・・暑いんだよぉ」
 親友の諫言に抵抗するかの如く、スカートをパタパタとさせた。
 確かに、梅雨特有の蒸し暑さに参るのは理解できるが、その姿は真にもって、色気ない。
 窓際で頬杖をつき、外でも眺めていればまさしく、『深窓のお嬢様』とも言うべき風貌と身分を持ちながらもその言行で、栄えある前期ミス風見原-尤も頭に『残念』の一言がつくが-を射止めた彼女らしい所行である。

 それに奏は、
「はぁっ・・・」
 深いため息をつく。
 実力と相反する、幼い言行の彼女と付き合うには一方ならぬ、労力と忍耐力を要するのだ。

 それでも律儀な奏は、
「・・・クラス委員長としての、私の信望が減るのよ・・・そんなに暑いんだったら、下着一丁で校内を練り歩いてきたらどう?きっと涼しいわよ・・・尤も、一番冷えるのは先生の肝でしょうけど」
 そう言うと、人差し指で眼鏡を直し、手元の文庫本に視線を戻す。
 そのキラリ、と光る眼鏡の奥からは、
『まだやるんだったら覚悟しなさいよ』
 という、オーラが滲み出ていた。

 珊瑚はそれに、
「う〜・・・」
 と唸り声を上げると、観念したように漸く、スカートから手を離す。
 奏はそれを視線の隅で確認すると、文庫本で安堵の表情を隠しながら今度こそ、内容に没頭しようとした。

 この二人のやり取りはもう、『阿吽の呼吸』の域に入ると言っても良いだろう。



「・・・え・・・私が、ですか?」
 中学でもクラス委員長であった奏は、『問題児』である珊瑚の目付け役-通称『いきものがかり』-を、担任教師から仰せつかったのだ。
「・・・そうだ・・・神凪の面倒は、お前が見てくれ」
「・・・でも・・・」
 滅多に教師の依頼を断らない奏ではあるが、この話の重さには逡巡せざるを得ない。

 珊瑚はその『幼さ』で問題を起こすものの、学業優秀、スポーツ万能と、『劣等生』のレッテルを貼れない分、教師にとっては『超』『問題児』であった。
 それに『神凪』と言えば、この学園の理事に名も連ねる、この町きっての名家でもある。
 要するに、一教師の手に余る存在を一生徒に押し付けよう、という厚かましすぎる願いなのだった。
 しかも『前任』の『いきものがかり』は心労の余り、昨日から学校を休んでいる。
 
 そこまで理解してはいたが、無碍に断ることもできない『優等生』すぎる奏は、
「・・・ちょっと、考えさせてください」
 どうにかそうとだけ答えると、教師の言葉を遮るように、一礼して職員室を後にした。

 パタンッ
 「はぁっ・・・」
 職員室の扉を後ろ手に閉めながら奏は、盛大に溜息をつく。
『面倒くさいことになっちゃったなぁ・・・』
 俯きながらそう思いつつ、
 「はぁっ・・・」
 もう一度溜息をつくと、この場を後にするため、顔を上げた。

「・・・あ・・・」
 彼女の視線の先には、夕映えの中庭に佇む、かの『問題児』の姿がある。
 その『問題児』は頻りに立木の方へ手を伸ばすとその先へ、何やら言葉を投げているようだった。
「・・・」
 普段は、人に興味など示さない彼女ではあるが教師の話もあった所為か、自然と足は中庭に向いてしまっていた。



「・・・ねぇ、お願いだから逃げないでよぉ」
 中庭に踏み出した途端、そんな声が奏の耳に飛び込んでくる。
 窓越しに見たとおり『問題児』−神凪珊瑚は、銀杏の木に手を伸ばしては、何かへ必死に語りかけているようだった。

「・・・神凪、さん?」
 奏はそんな珊瑚に横から、遠慮がちに声を掛ける。

「・・・あ、北条さん・・・いいところに来てくれたよ!・・・ねぇ、ねぇ、あれ見て!」
 珊瑚はパァッと表情を輝かせたかと思うと、
 グイッ
「・・・きゃっ!?」
 力強く奏の手を引き寄せて、木の枝を指さした。
 その指し示す先には、
「・・・ニャー」
 一匹のぶち柄の子猫が、怯えたようにか細い鳴き声を上げている。

 珊瑚は、
「この子さぁ、降りれなくなっちゃったみたいなんだよね・・・だから助けてあげようとしてたんだけど・・・」
 そう言葉を切ると、
「あははっ、私、動物に怖がられちゃんだよね・・・だから、さっきからどうしようもなくてさぁ・・・」
 そう言って、寂しそうに笑う。
「・・・」
 それに明確な答えなど持ち合わせていない奏は、珊瑚と猫を見比べながら言葉を詰まらせてしまった。

 しかし、
「・・・そうだ、北条さん、ちょっと手伝ってよ」
 何か思いついた珊瑚はやおらそう言ったかと思うと、
「よいしょっ!」
「え、ちょっ・・・きゃぁっ!?」
 スカートの下から奏の股座に頭を突っ込んでそのまま立ち上がり、肩車で持ち上げた。

「ちょっと、神凪さん!?」
 奏はスカートの前を押さえながらそう叫び、珊瑚の上で暴れるが、女子高生とは思えぬ怪力で持ち上げる珊瑚はびくともしない。
「ごめん、ごめん・・・でも、あの猫ちゃんを助けるためだから・・・ね、お願い」
 スカート越しのため、少しくぐもった声でそう訴えかける珊瑚に奏は、
「・・・はぁっ・・・わかったわよ・・・私は、どうすればいいの?」
 今日三度目の溜息をつきながらも腹を決め、そう、指示を仰ぐ。

「ありがとー・・・じゃあ、猫ちゃんを捕まえてくれるかな・・・もし、位置の調整が必要だったら、指示を出して」
 謝意ともにそう答えた珊瑚に奏は、
「わかった・・・もうちょっと、前に出てくれる?」
 猫に手を伸ばしながら、珊瑚に指示を出した。

「おっけー」
 珊瑚はちょと外れた調子でそう言うと一歩、前に進む。
 どうにか猫に届きそうになった奏は、
「・・・こっちにおいで・・・」
 そう言って子猫に手を差し出すが、
「・・・ニャッ!」
 ガリッ
「・・・痛っ!」
 恐怖に駆られた猫は、奏の指先を、その鋭利な爪で引っ掻いた。

 ジワ
 奏の指先には、鋭い痛みとともに血が滲むがそれでも、
「・・・怖くない・・・怖くないよ・・・だからこっちに来て」
 彼女なりに精一杯の笑顔を浮かべてそう、訴えかける。

 その熱意が伝わったのか子猫は、
「・・・ニャーッ!」
 一鳴きすると、
 ピョンッ
 奏目がけて飛び上がった。

 ヒュッ
 想定に反し宙を舞う猫に、
「・・・わ、わっ!」
 奏は狼狽するが、
 パシッ
 反り返りながらもなんとか胸で受け止める。

「ほっ・・・」
 彼女は、
「ニャァ」
 胸の中の温かさに安堵するが、
「・・・とっ、とっととっ!!」
 極限まで体を反らせた奏の動きに流石の珊瑚もついてゆけず、
 グラッ
 ふらつきながら奏ごと、後ろへ倒れた。

「・・・きゃっ!・・・」
 奏は懸命に子猫を抱え、
『落ちる−』
 大きな衝撃を予測して目を閉じ、身構える。
 しかし、
 ボインッ
 地面とは違う『反動』が、彼女の臀部を中心に伝わってきた。

「・・・あ、れ?」
 恐る恐る奏が目を開くと、
「ニャー」
 制服にしがみついた子猫が、心配そうに奏を見上げている。
「・・・良かった・・・」
 自分の腕の中で鳴く子猫を奏は、心底安堵した表情で抱き締めた。
 その刹那、
 プニッ
「あいたたた・・・」
 奏の尻の下から、柔らかな2つの感触と、呻く様な声が伝わってくる。

 奏がはっと、視線を巡らせると、自分が珊瑚の胸の上にどっかり尻を降ろしていることに気づいた。
「・・・ご、ごめんなさいっ!」
 奏は慌てて飛び退き、珊瑚に頭を下げる。

「・・・いや、いいよ、北条さん・・・それより、どっちも無事みたいだね・・・よかったぁ・・・」
 後頭部を摩りながら立ち上がった珊瑚は、奏の謝罪を満面の笑顔で遮った。
「・・・っ!」
 その向日葵が咲いた様な笑顔に奏は、思わずドキリ、としてしまう。
 自分にこんな心からの感情が向けられるのは、いつ以来だろう−、と。

 故に、
「・・・あのさぁ・・・北条さんのこと、これから『カナちゃん』、って呼んでいいかな?」
 不躾な要望にも、
 コクリ
 思わず肯定してしまうのも無理はない。
 例えそれが、
「ありがと〜・・・それにしてもカナちゃん、大人っぽいパンツ履いてるんだね」
 このトラブル・メーカーとの腐れ縁の始まりなのだとしても。

 奏はスカートを抑え、キッと、珊瑚を睨み付けるが、
「・・・ニャー〜」
 彼女の胸の中で鳴く子猫の鳴き声はどこか、憐憫めいていた。



「・・・まあ、相変わらず野蛮ですこと・・・」
「あ、ナリキン、おはよー」
「だから、その呼び方は止めて、と言っているでしょう!?」
 成田琴美(なりたことみ)はそう言うと、顔を真っ赤にして珊瑚へ食いかかる。

「はぁっ・・・」
 奏は新たなる『問題児』の出現に、深い深い溜息をついた。

 珊瑚を『美少女』と例えるなら、琴美は『美女』に例えて良いだろう。
 抜群のプロポーションに上背もあり、加えて、巨乳とも言うべき豊かな乳房を持つ、準ミス風見原に相応しい彼女-尤も、彼女にも『残念』の二つ名がつくのだが-は、事あるごとに、珊瑚へ絡んでくる。

 近年、この街の不動産業で名を馳せる『成田興産』の令嬢である彼女は、その傲慢かつ高飛車な性格の所為でクラスから浮き気味ではあるが、
「・・・うーん、『ナリコト』じゃぁ呼びにくいよね・・・あっ、じゃぁ、『ナリキン』(成琴)にしよう!」
 珊瑚に極めて不名誉かつ、真を突いた仇名をつけられてからというもの、表面上は珊瑚とよく言い争いをしていた。

 尤も、仇名を付けた本人に、悪気もなければ、琴美との遣り取りも楽しそうである。
「・・・それよりさぁ、ナリキン、また小テストで赤点取ったんだって?・・・私が勉強教えてあげよっか?」
 だから、新たな火種をくべることにも無頓着なのだ。

「きぃぃっ!・・・貴女なんかに、教えて貰わなくても結構よ!」
 学年ブービーが、学年首席にそう食いかかったところで、
「・・・珊瑚様、ちょっとよろしいでしょうか?」
 一人の少女が、珊瑚と琴美の間に割って入る。

「・・・あ、紅葉ちゃん、なぁに?」
 珊瑚が『紅葉ちゃん』と呼んだ少女−南原紅葉(なんばらもみじ)は、軽く頭を下げると、
「・・・真里亞(まりあ)さんからお届け物です・・・珊瑚様にお渡しするよう言付かっております」
 そう言って、少女には不似合いな金属製の小型アタッシュ・ケースを珊瑚に差し出した。

「へえ〜、『アレ』ができたんだ・・・でも、なんでここに持ってきたんだろ?」
 珊瑚がそう言いながら受け取ると紅葉は、
「では・・・」
 珊瑚の問いには答えず、頭を下げながらそれだけ言うと、自席へ足早に退散する。
「あ・・・」
 珊瑚は小さく手をあげて引き留めるような仕草をしたが、寂しそうな表情を浮かべてそれを見送るだけだ。

「・・・」
 奏は文庫本の隅から、紅葉の姿を追う。
 珊瑚の話では彼女は、神凪の社で修行する巫女、とのことではあるが珊瑚に接する態度から見て、何か浅からぬ関係があるようだ。
 自席で鞄から教科書を出す紅葉の先に、担任教師の姿を認めた奏が、
「・・・珊瑚、先生が来たわ」
 そう促すと、珊瑚と琴美は慌てて、席につくのだった。



 カチンッ
 学生鞄の留め金を締めると奏は、
 カタンッ
 席を立つ。
 窓から覗く空は既に闇に落ち、校舎の明かりも職員室を除けば、点々と灯るだけだ。

 『クラシック音楽研究会』に属する奏は部活後も、『自主練』で学校に残っていた。
 その証のフルートが、彼女の右手には握られている。
「・・・」
 パチン
 誰も居なくなった教室の明かりを落とすと奏は、帰途に着くべく、校舎の玄関へと向かった。

「あ・・・」
 下足箱の前までやってくると、靴を履き替えている琴美と出くわす。
 彼女の少しげんなりしている表情から察するに大方、補習を受けていたのだろう。

「・・・」
 パタンッ
 奏は自分の下足箱から靴を取り出し、上履きから手早く履き替えると、
「さよなら・・・」
 それだけ言って琴美の前を通り過ぎようとしたが、
「ちょっ・・・ちょっと待ちなさいよ!」
 ハシッ
 敢えなく、セーラー服の端を琴美に掴まれた。

「・・・い、一緒に帰ってあげてもよくってよ?」
 琴美はそう虚勢を張るが、
 ギュッ
 相変わらず、奏の服の端を握ったままである。

「はぁっ・・・」
 奏が、自分の企みが失敗に終わったことを如実に感じながら、
「・・・わかったわ・・・一緒に帰りましょう・・・だから、手を離して」
 そう降参すると漸く、琴美はその手を離すのだった。



「・・・」
「・・・」
 奏と琴美は並んで歩きながらも無言のまま、長い坂道を歩いていた。
 珊瑚を介して『顔見知り』ではあるが、特段『友達』ではない二人に話題など余りない。
 それに、『優等生』である奏と『劣等生』である琴美では尚更だ。
 
 ポツリ、ポツリと通り沿いにある街灯に照らされながら、淡々と坂道を降りてゆく二人−
 学園はその昔、風見の支城があった場所にあり、市街地から少し離れた小高い丘の上にある。
 途中には大きな公園もあり眼下には、墨に蛍の灯が浮かんだ様な風景が広がっていた。

 会話のないまま公園の入り口までやってきた奏は、
「・・・え、ちょっと・・・そっちへ行くの!?」
 抗議の声をあげる琴美を引き連れ、木々が鬱蒼と茂る公園の中へ、踏み込んでゆく。
 確かに、学園前の通り沿いに行くよりもこの公園の中を進んだ方が、最寄り駅までは大きなショート・カットになる。
 だが登校時には多くの生徒が利用するこの道も、暗闇に包まれた今では当然、人通りなどない。
 奏も普段は、この時間帯にここを通ることなどないのだが今日に限っては何故か、『胸騒ぎ』に近い感覚が彼女の足をこちらへ向けていた。

 カサ
「・・・ひっ!?」
 草が風に揺れただけで、恐怖に駆られた琴美が、短い悲鳴をあげる。
 月が雲に隠れた今夜は、少し離れたところにある常夜灯のみが、園路を弱々しく照らしていた。

 園路も半ばまでやってきたところで、
 スッ
 奏達の前を、何かの影が通り過ぎる。

「・・・え、え、何、今の?」
 狼狽した琴美は思わず、
 ギュッ
 奏の袖を握り締めた。

「・・・ちょっと成田さん、歩きにくいわよ・・・」
 奏が立ち止まり、琴美に抗議の声を上げたその時、
 ガサガサガサッ
 少し先の叢が急に揺れ始める。

『・・・野犬!?』
 そう判断した奏と、その袖を掴む琴美が半歩下がったところで、
「ギイイィィッ」
 数匹の巨大な蛞蝓の様な生物が叢から飛び出してきた。

 ズルズルズルッ
 外見に反して素早い動きのそれは、見る間に奏達との距離を詰めてくる。

「・・・っ!!」
「ひぃぃっ!?」
 恐怖に詰まらせる奏と悲鳴を上げる琴美の眼前にまで迫った刹那、
「・・・破ぁぁあっ!!」
 気合いの声とともに一つの人影が『蛞蝓』と奏達の間に割って入り、
 ヒュンッ
 その手に持った剣を一閃させると、
「ギァァアァッッ!!」
 ブュシュゥゥッ
 『蛞蝓』は不気味な叫び声を上げて蒸発した。

「・・・っ!!」
 呆然と立ち尽くす奏達の前に現れたのは、奏が子供の頃アニメや漫画で見たかの様な、『戦士』の姿−
 ボディー・ラインから、この人物が『女性』であることは明白であったがその顔は、明るい赤系統の色でカラーリングされた『ヘルメット』に覆われて、確かめることができない。
 自分達を助けてくれたことからも『敵』ではないのだろうが、余りに現実感のない光景に奏は、理性を働かせることができなかった。 

 一方、
『なんでこの二人が!?』
 『女戦士』−珊瑚は、ヘルメットの中で焦燥感に満ちた表情を浮かべていた。

 確かに結界は張った筈で、ヘルメット内の表示も、結界が健在なことを示している。
 一般人であれば、ここに近付くことなど有り得ない。
 だが事実として、妖魔に怯える友人の姿があるのだ。

『まずい−』
 今彼女が相対しているのは、淫蟲型の下等な妖魔であり、『自分』が対処するのは何ら問題ない。
 結界を張って閉じ込め、順次滅していけば良いだけだ。
 このバトル・スーツには強力な破邪の力も付与されており、この程度の妖魔であれば触れるだけで滅することもできる。

 しかし、保護対象が居るとなれば別の話だ。
 珊瑚一人では、『点』の防衛力しかない。
 兎に角、数だけは多い淫蟲どもから無力な人間、それも二人を守り切るのは至難の業である。
 しかも悪いことに、ここは深い森だ。
 二人を抱えて飛ぼうにも、木々で怪我をさせてしまう危険性が極めて高い。

 ピーッ、ピ−ッ
 逡巡する珊瑚に、決断を迫るアラーム音が響く。
 ヘルメット内のインディケーターが、淫蟲どもが三方向から、珊瑚達に迫っていることを示していた。
 カサッ
 珊瑚はフレア・スカートのポケットに入った『モノ』に触れる。
 安全にかつ確実に奏達を守る方法−それが『コレ』でもあるのだが、それは、奏達を自分の世界に引き込んでしまうことに等しい。

 しかしその逡巡を嘲笑うかの如く、
 『ビーッ・・・警告、危険距離』
 現実は、珊瑚から選択肢を着実に奪う。

 ギュッ
 ポケットの中の『モノ』を握り締めた珊瑚は、
「・・・カナちゃん、これを着けて走って!」
 そう叫ぶと、握り締めた『モノ』を、奏に放り投げた。

 パシッ
 それを反射的に受け止めた奏は、
「・・・珊瑚?」
 聞き慣れた声に、驚きの表情を浮かべる。
 だがそれも、
「・・・早くっ!!」
 焦燥感に満ちた『親友』の檄に打ち消される。

「・・・っ!!」
 奏は未だ呆然とする琴美の手を取ると、
 タッ
 珊瑚とは反対方向へ走り出した。

「はぁっ、はぁっ・・・」
 奏が珊瑚から受け取ったものは、2つの『腕時計』−
 これを何故珊瑚が寄越したのかはわからないが、『着けて』と言ったことは間違いない。
 珊瑚は言行に問題はあるが、『嘘』はつかないことを、奏は知っている。

 奏は、それぞれ白と黄でカラーリングされた『白』を手に取ると、
「成田さん・・・これを着けてっ!」
 もう一方の『黄』を、琴美に渡した。

「はぁっ、はぁっ・・・ええっ、どうしてっ!?」
 琴美は息を切らせながらそう尋ねるが、
「いいからっ、はやくっ!!」
 奏の剣幕に、
「わ、わかりましたわっ・・・」
 どうにか折れてくれる。

 奏は琴美が『腕時計』を身につけようとするのを認めながら自らも、『腕時計』を左腕に填めた。
 その瞬間、
 チクッ
「・・・痛っ!?」
 蜂が刺したような鋭利な感覚が左腕を襲い、
『・・・DNA採取・・・イニシャライズを開始します』
 『腕時計』から女性風のメッセージ音が流れる。
 そして、アナログ風に表示されていた文字盤はいつの間にか消え、何かの細かい表示が『腕時計』を埋め尽くしていた。

「・・・な、なんですの、コレ!?」
 どうやらそれは、琴美も同じようだ。
『・・・珊瑚っ!』
 奏は『親友』の身を案じながらも、その言葉を信じるべく、木々の間を走り続ける−


「・・・たぁっ!!」
 ザシュゥッ
「ギェェエッ!!」
 珊瑚は剣で淫蟲を薙ぎ払いながら、
『・・・良かった、カナちゃん達、距離を稼げてる・・・』
 インディケーターに表示される奏達の位置を確認していた。

 イニシャライズが完了するまでは、数分の時間がかかる。
 自分が時間を稼いでいるとはいえ、安全のためには一定の距離が欲しい。
『カナちゃん・・・』
 こんな荒唐無稽な状況でも、自分を信じ行動してくれたことが、珊瑚には嬉しかった。
 しかし−
『ピーッ・・・敵、出現』
「えっ!?」
 そんな珊瑚の気持ちを切るかの如く、インディケーターは新たな敵の出現を通告する。
 しかも、
「・・・まずいっ・・・カナちゃんっ!!」
 その出現地点は、奏達の直ぐ近くだ。
 どうやら珊瑚が今相対している連中の他に、別働隊がいたらしい。

「・・・このぉおおっっ!!」
 珊瑚は、
 ドンッ
 渾身の一撃を淫蟲どもに見舞い、
 ギワァァアアッ!!
 一気に殲滅すると、
「カナちゃんっ!!」
 ダッ
 奏達の走った方角へ、駆けだした。



「はぁっ、はぁっ・・・もうダメ・・・ダメですわ・・・」
 額に脂汗を浮かべ、琴美は奏にそう訴えかける。
「はぁっ、はぁっ・・・ここまでくれば・・・」
 かく言う奏も、限界に達していた。
 見れば、いつの間にか噴水のある広場までやってきていた。
 元々運動が得意ではない二人が、全力で走るにはここが限界のようだ。 

「はぁっ・・・」
 奏は一つ息をつくと、地面にへたりこむ。
 それに倣うように、琴美も腰を落とした。

 サァッ
 一陣の風が吹き抜け、火照った奏達の体を心地良く冷ましてゆく。
 それと同時に、雲を風に散らされた月が、辺りを照らしていった。
 奏は何の気もなしに、紫陽花が植えられた一角を眺める。
 その瞬間、
 バキバキバキッ
「!!」
 紫の花を散らしながら、
「ギィィッ!!」
 蛞蝓の化け物どもが奏達に向かってきた。

「あっ!・・・」
 奏と琴美は驚愕の表情を浮かべるが、一度落とした腰は頑として動くことを拒否する。

「ギィィッ!!」
 間抜けな獲物達を眼前にし、淫蟲どもは文字通り、狂喜乱舞した。
「「きゃぁあぁっ!!」」
 正に少女達が彼等に飲み込まれようとした時、
『『イニシャライズ完了』』
 冷たいメッセージ音とともに、
 パアァァッ
 眩い光が彼女達を包む−

『暖かい−』
 化け物に襲われ目を閉じた直後、奏が感じた感覚はそれだった。
『・・・死んじゃったのかな、私・・・』
 そう諦観にも近い思いで目を見開いた奏は、
「・・・やだっ、私、裸っ!?」
 全裸でいる自分に、羞恥で全身を薄紅に染める。

 シュゥゥッ
 しかし、彼女の周囲に纏わり付く光が急に集まったかと思うと、
 キュウゥッ
 彼女の肌を包む純白のレオタードへと変じ更には、
 シュゥッ
 ブーツ、グローブと、奏の身を覆ってゆく。

 そして、
 カチャッ
 出現した胸甲やヘルメットが、装束の上から装着されていった。

『・・・何、コレっ!?』
 自分の身へ次々起こる変化に、奏の理解は追いつかない。
 しかし、先程珊瑚が纏っていた様な『何か』へ変化を遂げようとしていることだけは、感じ取ることができた。
 それに、奏が今感じている感覚は、決して不快なものではなく寧ろ、どこか清々しさすら感じるものである。
『珊瑚−』
 奏は、親友のことを思い浮かべながら、この感覚に身を委ねることにした−



 ダッ
「・・・カナちゃんっ!!・・・ナリキンっ!!」
 珊瑚が広場に飛び込んだのは、
 パァァアッ
 奏と琴美が光に包まれた瞬間だった。

「・・・うっ!!」
 イニシャライズ特有の、強力な発光と破邪の力に、珊瑚の視界は一時的にフラッシュ・アウトする。
 光の中心は奏と琴美で間違いないだろうが、彼女達の現状はわからない。
 だが珊瑚は、
「カナちゃんっ、ナリキンっ!!」
 ダッ
 そんなことはお構いなしに、感覚だけで光の中心へ駆けだした。

 そして彼女達と指呼の間までに近付いた時、
 フッ
 珊瑚の視界が回復する。
 果たして−彼女の眼前には、二人の『戦士』の姿があった。

「・・・カナちゃんっ、ナリキンっ!!」
 ドンッ
「「・・・わっ!!」」
 全力で突っ込む猪武者の勢いに、奏と琴美は倒れ込む。
 だが、耐衝撃性に優れるバトル・スーツのお陰で、痛みは感じることはない。

「・・・よかった、よかったよぉ〜」
 二人の上へ折り重なるように飛びついた珊瑚はそう言いながら、感涙で頬を濡らした。
「・・・珊瑚・・・」
 そんな珊瑚につられるように奏も、眦に涙を浮かべる。

 変身シークエンスに要する実際の時間は、コンマ秒以下程度のものだ。
 奏が感じた変身の記憶も、圧縮されたものに過ぎない。
 『イニシャライズ』で発動した破邪の力は、一瞬で周囲にいた淫蟲どもを滅却し、奏達を守っていたのだ。

 暫し、感涙に噎ぶ三人の少女。
 しかし、
 コンコン
「・・・ねぇ、珊瑚・・・『コレ』のこと、説明してくれる?」
 冷静さを取り戻した奏がそう言って珊瑚のヘルメットを叩くと、
「・・・う〜・・・」
 感涙の噎びは、苦悩の呻きに変わるのだった。

True End After SideA 第1話 おわり

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